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光あれ 投稿者:ナタナエル 投稿日:10月15日(日)10時26分40秒
旧約聖書 第一章
神は光あれと言われた。すると光があった。神はその光を見て良しとされた。
光を昼と名づけ、闇を夜と名づけた。
(神は7日で世界を創られたが、その最初の一日が終わった。)
新約聖書 ヨハネ福音書第一章
初めに言葉があった。言葉は神と共にあった。全てのものは、これによってできた。
この言葉に命があった。そしてこの命は人の光であった。光はやみの中に輝いている。
そして、やみはこれに勝たなかった。
ここにひとりの人があって、神からつかわされていた。その名をヨハネと言った。
この人は証しのために来た。光についてあかしをし、彼によって全ての人が
信じるためである。彼は光ではなく、ただ、光についてあかしをするために来たので
ある。
すべての人を照らすまことの光があって、世にきた。彼は世にいた。そして、世は彼
によってできたのであるが、世は彼を知らずにいた。
と書かれているように、神が「光あれ」と言われて出現してきた光はイスラエルに
神の一人子として、やってこられた事が明白であります。
釈尊は、インド西方に 光(アミターバー)と呼ばれる仏が出現してくることを語
られた。彼はあらゆる仏の中の最勝尊と呼ばれるであろう。と語られ自分をも超え
た存在になることを語っている。
彼のもとには理想郷が存在し[極楽]と呼ばれると語り、その天界について語られた
ので弟子たちは西方に憧れを抱く。
また、釈尊自身も憧れを抱いていたことが経典に出てくる。
彼は永遠の命をもっているので、無量寿如来とも呼ばれる。
また、頭、両手、両足、胸に卍が刻まれている。と語り、吾が滅後、500歳
一人の男がやってきて真理の鼓を打ち鳴らすであろう。我もまた、よく護るであろう。
と語られた如く500年後、彼はイスラエルにやってこられた。
釈尊が語られた阿弥陀如来とはイエスの事であることが明白であります。
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