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全93件の内、新着の記事から20件ずつ表示します。 1  2  3  4  5  |  《前のページ |  次のページ》 

12.お久しぶりです。

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年10月16日(土)00時15分8秒
   まずは、聖心先生も最後に電話の奥で、「大変な時代が来るからそのための準備をしておくように」と遺言として言われたように、世の中が騒然となって大きく破綻していく中で、日本人自身が現在の国民性が大きく変革されていくことが必須ではないでしょうか。未だに、最高学府出とかの華麗なキャリアがチヤホヤされて、その経歴や門閥、財産、社会的地位などに右往左往している有様では、またキャッチフレーズだけで中味無しのパフォーマンス的選挙行動に惑わされているようでは、現れても全く気付かないで終わっていくことでしょう。

 既に、真の神仏による邪念波動の淘汰が始まっているものと思いますし、国家的指導者を始め、多くの者がその神仕組みにより知らずの内に行動を余儀なくされているように思います。その意味では皆が真の救世主が登場するように、何らかの役割を担わされて動かされているようで、即ち、国民の意識変革に向けて、一定の誘導し牽引する役割を果たすように仕向けられているように思います。某権威ある方も、恐らく最後に、国民に向けて、真の救世主を宣伝し宣告することの役割を担っているものと思います。

 なお、以前の当方ならば、何事も修行である故に、殆どの場合、誰にでも下手に出て屈従に甘んじていたものですが、最早、「黙れ」などの見下すような言動、管理支配するような抑圧的姿勢に対しては、命令されるように、相手の意に添って「黙って去る」ことしかありません。そんな邪念波動の蔓延する中に何時までも留まることは有り得ません。そこまでして心魂を錬磨していく必要性も感じませんし、相手に妥協して嫉妬や妬みの中に身を置くことは良くありません。別に相手と喧嘩し対立するわけではなく、言葉の猛毒は決して飲まないと言うことです。そんな相手を受け容れてそのまま従うという次元のものではありません。邪念を遮断し廃絶し捨象するということです。不思議とそうした思いきった邪念との決別の行動を取ることにより、自分自身が大きく浮上し飛躍して行くようにも思います。

 これこそ、聖心先生が言われたように、「来る者拒まず、去る者追わず」の真理でしょう。誰でもに付和雷同してして行くものではありません。もっとも表面的には柔和に妥協的に対処することは必要ですが、心の奥底では、邪念との真剣な峻別、識別が必須でしょう。それでないと俗世間の妄説、虚妄、欺瞞に感染し、真理とは縁遠いものに堕落していくことになるでしょう。これでは単なる世渡り上手の善人(良い人)でしかありません。

 世間の悪意、邪気、狡猾、虚構を洞察し、単なる天真爛漫なナイーブさを大きく乗り越える努力も大切ではないでしょうか。もっとも、心が堅固であれば、神仏が加護され守護されて下さるもので、余り大上段に身構えるべきものでもありません。逆に無理に過剰に意識するところに、心の隙が出来てくるものであり、その辺の心魂の在り方において、実に臨機応変、縦横無尽、天衣無縫、自由奔放、変幻自在、融通無碍に対応することが大切といったところでしょう。これぞ先生も言われたように、何事にも囚われない大宇宙と一体となった中道、中庸の心というものでしょう。また仏の心と神の魂とを融合させていくこと、正に仏道と神道との融合が大切かと思います。
 

11.お久しぶりです。

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年10月16日(土)00時14分5秒
   数年前に書店で立ち読みした本の中で、某外国の霊感者と日本人との質問を交えた対話がありましたが、矢張り、「日本から救世主が現れるであろう。目下その人物はカーテンの後ろに隠れて藻掻いているようだ。別に総理大臣になるというのではなく、可成り権力を行使して改革を成し遂げていくようだ。」などと言っておりました。同じことは、何とロシアの文豪のトルストイも、また中世のノストらダムスや、二五〇〇年前の釈尊も言っていたようです。この救世主像を巡って、今や多くの方々が、自ら名乗りを上げたり、詮索し始めたようです。当方も周囲の霊感がある誰々ではないかと思ったりもしておりますが、矢張り、聖心先生も申されていたように、聖心先生と何らかの心の波動が通じた者のようで、聖心先生に心を寄せてこられる方であろうと思っております。

 当方自身は霊感もなく平凡な人間ですから、とてもそのような大それた役割を演じる才能はなく、恐らく当HPや、以前に送付した資料から、聖心先生のことを知って心を寄せてこられる方であろうと待望しております。救世主と言うからには、矢張りたった一人の人物であろうと思いますし、決して集団や勢力ではなく、ましてや烏合の衆ではないはずです。恐らく、真の救世主が現れる前に、多くの者が名乗りを上げたり、担ぎ出してくるくることでしょう。そこには様々な方々も含まれるでしょう。実際、救世主というのは殆どの日本人には嫌悪や反発を感じて、全く理解できないように思います。

 古代から預言を信じるユダヤ・キリスト教の西洋人とは異なって、人間皆が仏であるとする仏教の宗徒が殆どの日本人には、救世主なんてものは存在しないし、考えられもしないと言うことでしょう。あっても何処か金銭をばらまいてくれるぐらいの物質的金銭的な救済者としての存在でしょう。他方で、奇跡を起こして、人々に脅威や恐怖を与えて、跪かせるような独裁者のような西洋人が待望する救世主像とも大きく異なるもののように思います。既に、某人物の観察では、西洋人が待望しているものとは大きく異なった概念のものであり、これまで、誰も想像し得なかったものであろうと指摘しております。即ち、キリストやジャンヌダルクやヒットラーなどのようなものではないということでしょう。

 正に、先生が「多くの国民が知らずの内に現れて、そして後になって、彼がそうだったのかと気付くものであろう」と言うことでしょう。即ち、自ら名乗りを上げたりするような売名や打算的なところからは決して誕生してこないと言うことでしょう。現在の日本人では、バカ騒ぎのパフォーマンスに惑わされているのが殆どであり、矢張り、聖心先生も指摘されていたように、外国の方から感じ始めて指摘してくるものでしょう。

 確かに救世主と言うからには、単に篤実温厚で品行方正の人格的に格別に優れているだけではなく、また精神的訓話ぐらいの美辞麗句では済まないでしょうし、更には特別の手品や奇跡や魔法・魔術を起こして行くものでもないでしょう。矢張り、実質的に様々な具体的な改革を皆が納得する形で真理に乗っ取って提示できる人物ではないかと思います。単なるその場限りのパフォーマンス的甘言を弄する者ではないでしょう。
 

10.お久しぶりです。

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年10月16日(土)00時13分2秒
   ただ今はそれぞれがお山の大将となって、勝手自由に突き進んでおり、総合的にまとまって行くだけの中核的なものがないように思います。恰も次第に台風の目が形成されて、膨大なエネルギーを形成して驀進していくようなことに至るでしょう。何かが契機となって大きな一つに流れができれば、これまで疎遠や絶交になっていた者でも、向こうから流れの本流に合流してやって来ることでしょう。これは敢えて無理して説教して仲間を集めなくても、その内に向こうから協力を仰いでやって来るのをじっくりと待てばいいと言うことでしょう。今までは、当方の方から行動しておりましたが、今や殆ど天下の細々とした情勢推移に対して余り関心もなく、静かに高みの見物で大崩壊を観察し、その後の解決策、立ち上がり策を展望するまでです。

 数年前に、某関係者を集めた某講演会を月一回で八回ほど実施していたところ、某数理運勢を研究する不思議な方が、「貴方はこんなところでこんな講演などやっている人物ではない、天下に号令を掛ける方だ」と言っていたのを思い出しましたが、当時は講演というもののを経験しておきたいという思いだけであり、本当にそんなことが来るのかなと疑心暗鬼の気持ちでした。そして今年の始めには生まれて初めて、専門とは無関係の講演をしました。次第に周辺から邪魔が消えつつあるように感じるものです。

 聖心先生の本に幻滅を感じられるだろうと言うのは、とてもすんなりと読める内容や語句、字体、文章ではないからです。即ち、書店に並べられる普通の書籍ではないからで、古文書との格闘になるほどのものであり、簡単に読んで理解できるというものでは無いということです。それ故に、幻滅という言葉を使ったもので、換言すれば、失望とでも、お手上げでも、ネコに小判でも、宝の持ち腐れでも良いでしょうか。それに知識や学識で理解するという次元のものではないようです。多くの者にとっては、単なる紙切れにしか過ぎないものでしょうが、何故か私には、大変大切なものに思えたもので、それ故に大金をはたいて印刷製本に協力したものですが、殆どの方には、猫に小判だったようです。

 ところで、聖心先生が言われた救世主にご関心があるということですが、確かに聖心先生は、ふとしたことからある時、明確に私の眼前で「世の中が大きく行き詰まって来たときに、ひょんな所からひょんな人物が救世主として現れるだろう。(その救世主とは霊感者ですか?)救世主と言うからには、ある程度霊感があるものではないかな。(何処から出てくるのですか?)現在活躍中の有名人ではない。政界や経済界、学界、マスコミ界や、評論家でもない。(救世主は何時まで活躍するのでしょうか?)その救世主は、ある程度、進路を示し路線を引いたら、もう年だからと言って引退していくだろう。決して独裁者というものではない。」などと申されておりました。こういう会話があったとは知らなかったと言われる先生の奥様のお話では、今になって、「先生は当時は未だ明確に言える時期ではなかったのではないか」と言うことでした。
 

9.お久しぶりです。

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年10月16日(土)00時12分4秒
   当方も下手に仲間を集めるよりも、目下は邪念波動と絶交し遮断することが大切だと痛感するようになりましたし、何も孤独にも感じません。先生が御生存中にも、先生は「ボクには眷属達が数万もいる。丁度、お釈迦様が亡くなったときにも、伝説上は枕元に多くの動物たちがやってきたと言うが、あれと同じだ。」と申されておりました。恐らく今では数万から数十万にも拡大しているものと思われ、先生と心が一体となるにしたがって、今度は当方に協力して下さるものと思います。日本の改革も、実に当方如きに為し得るのかも荒唐無稽でありますが、先生と心が一つになることによって可能だと申されておりました。こういうことをHPで紹介するのも、別に気負って言っているのでもなく、ある意味では、宣戦布告であり、挑戦挑発でもあり、誘導、扇動、焙り出しであります。
 
 それにしても、心の重い病に苛まれて地獄の奈落の底を漂流しているおりに先生と出会って、これからは本当の幸福がやってくるものと思ったところ、先生の偉業に感銘して、正に身命を賭して深く協力するに連れて、今度は逆に、これを邪魔しようとする邪悪な想念波動が襲来するばかりで、大変な精神的経験をしてきましたし、今でもちょっと油断すれば、地獄に転落寸前の綱渡りの傾向は継続しておりますが、次第に邪念波動を一掃して雲散霧消しつつある兆候を感じます。これらの邪魔が今度は逆に善に転化して協力してくるものではないかと思います。

 目下、聖心先生の奥様が現在、北海道の某町に踊りの師匠として住んでおられ、最近は時折、連絡し合っております。先生が山梨の某所から北海道に行かれたのも、山に登るのも、北海道に病気治療などで出掛けるのも体力的にえらいとか言うこと以上に、当方の身内からの嫉妬や怨念の波動を遮断するためであったようです。実に当方と先生との間を身内が裂こうと壮絶な邪念を発信していたものです。引っ越しを手伝って山から荷物を担ぎ出したり、北海道までトラックで運搬したりし、その後にも北海道まで、当方自身の骨折や脱臼などの怪我の治療で3回ほど訪ねたこともありました。

 聖心先生が昭和60年に北海道に行かれて8年後の平成5年に亡くなられて以来、10年以上も訪ねていない状態ですが、その内に来年当たりにでもお墓参りに行きたいと思っております。奥様も次第に、周囲の馴れ馴れしい甘言を見破って、先生の真の御意志を継ぐ熱心な者は最早当方しかいないと思い始めたようです。当方も今や、真剣に新しい国家社会家の建設に向けて、何時でも提示できるように具体的展望を模索し始めました。某方の話では、10月10日を境に、宇宙的レベルで波動が大きく転換し、日本から世界の指導勢力が誕生する兆候が現れ始めると言うことです。新しい時代を思考する方々が、その内に大きな渦となって結集していくことでしょう。
 

8.お久しぶりです。

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年10月16日(土)00時11分6秒
   ただ、過去においては、様々な観点から打算的に利用し、用済みになれば捨て去ろうとしたことに対して、今度の場合は、逆に連中が当初の意図に反して懺悔し協力させられると言うことではないかと思います。聖心先生も、「かつての某所での見解を異にした対決に比べて、今度こそは本当に命を懸けてやることだ」と言っておりました。決して改革のお遊びではありません。当方も既に日本人社会には、聖心先生や某案件に対する目覚めには何も期待もしておりません。恐らく外国から気付き行動を起こしてくるものであろうと思います。その後に初めて日本人全体がその柔軟性を発揮して理解し、一挙に改革へと協力してくるものと思います。今や何でも外国で先に評価されて初めて日本人自身が後で気付くことが多いようです。 
 
 ところで、聖心先生のことは、「ボクが死んだら皆がバラバラになるだろう。君が中心になっていれば皆がまとまっていくのだが、周囲がそれをさせないであろう。君は君自身で周囲に人を集めて講演をやってボクのことを広く普及させていくだろう」と先生御自身がご指摘されておりました。これは某案件でも言えることでした。某案件も当方が中心となっておれば良かったのですが、当方を中心において担ぐ者などいませんでした。もしもそうしておれば、今頃は日本の改革など大きく進展しているはずでした。誠に残念ですが、逆に言えば、無視したからこそ、より大きな破局の到来に伴って誰も出来ない行動や役割が待っているというものでしょう。

 そこで、当方がその内に先生のことを始めとする様々な課題で講演をするような境遇に立ち至ったときにこそ、その熱意に伴って真の理解者や協力者が出てくるものと思います。今既に、当方に対する別の意味での関心から、心を寄せる方々が現れ始めており、その先生の予言された兆候すら出てきているように思います。先生も、「君が浮上するときは、最早、政治、経済、社会などがどうしようもなくなってきたときだろう」と言っておりましたが、既に、誰も解決策が展望できない不透明の時代に入ってきたことは確かです。

 また仮に講演したり教導するとは言っても、単に先生の深遠で崇高な教えを書いて紹介しただけでは真意が十分に伝わらないことは事実です。方便として政治や経済、教育や家庭などのあらゆる問題と抱き合わせで指導していくことが大切と思います。既に終身雇用や年功序列も崩壊して、新たな雇用関係が提示されるべきですが、弱肉強食や優勝劣敗に流されて、専門家の誰も、国民皆が楽しみを持って労働に参加できる新たな法制度や内需拡大のプロジェクトを提示できていないようです。

 ところで、先生の周囲には、某有識者の方などもおりましたが、先生亡き後に始めて面会しましたが、直後にほとんど絶交になりました。それは私を見下していたからで、幾ら先生が言われたことだと念を押しても、当方を通じて言うとものすごい反発を示してくるからです。要するに先生に協力するというものではなく、単に先生を利用しただけなのでした。当方も既に誰かの下にくっついて協力して行くと言った次元ではないのです。また対等に張り合って行くべきものでもなく、そんな状況ではとても、先生の教えを真剣に普及展開して行くことは不可能であります。変に妥協して横道に外れておかしなものになっていっては、「急いて妥協して事を仕損じる」の結果に至るでしょう。
 

7.お久しぶりです。

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年10月16日(土)00時10分8秒
   それにこれは専門家と言われる学識者や有識者では逆に理解できるものではありません。要は知識や学識で理解するものではありません。素直に心を寄せてそのまま受け入れると言うものです。そしてまずは自分の学識や知識のあらゆる先入観や固定観念、常識、既成概念を捨て去ることが大切というものです。これまでは学識者に研究して貰おうと思っていたのが大間違いでした。お金を払って研究して貰ったり、宣伝しても貰ったり、また理解し協力して貰うと言った、売名や利欲的な世俗的次元のものではないのです。

 当方も殆ど本など読まなかったからこそ、素直に先生のところに心を寄せてくることが出来たと言え、またその後も仕事で躓いて周囲から敬遠され排除されて大して活躍もしなかったからこそ、長く先生の元にやってくることが出来たと言えるでしょう。万一、読書をして専門的知識を獲得していたり、社会的に活躍しておれば、先生の教えに逆らったり抵抗したり反論したりし、また社会的地位や金銭的報酬などの物質的利益を求めて先生の元を去って行ったことでしょう。その意味では、全ては聖心先生に出会い、そして協力をするように神仕組みにより図られていたのではないかと思います。

 ところで、かつて先生の元で、ふとした縁で某難病を治癒されたある方が大変霊感があり、また大変魅力的であり、先生もその方の社交性に大いに期待し、先生が背後で色々と教えて、政財界の連中を占い師として指導することで、先生が浮上することを考えておられました。その時には、当方の低能力により、当方と先生とも縁も切れるだろうということでしたが、その方は、天下国家を再生するという崇高な目的使命には全く関心もなく、ただ難病が治癒された折りには、最早用済みとなって去って行きました。万事がこの調子で、某案件も含めて、先生が浮上される機会が幾つかあったのですが、皆が打算と利欲に固まって、当方や先生の真意が読み込めずに去って行き、最後に大して能力もない当方だけが残っていったようです。

 聖心先生は、今までにも随分と多くの方に奇病や難病を治癒されてこられましたが、殆どがそれっきりで、有り難みもその場限りで忘却し、周囲にその素晴らしい真法や真力を伝搬することもなく、自分だけの利益や満足に終わっていったようです。これは不思議と某案件にも共通するようです。某案件に遭遇して感動された方も、その画期的事実にただ感謝するのみで、周囲に素晴らしさを伝達することもなく、自分だけ良ければ結構と言うことでした。実に某案件も聖心先生の仏身顛化の偉業も数千年来の出来事であるようですが、誰も理解できず、関心も示されず、また関心を示してもその場限りで去って行くことが殆どなのが残念です。

 某方の話では、当方のHPは既に公的機関(政府機関か?)によって把握されているようです。目下、その内容を検討しているようだと指摘がありました。注意深く読めば実に画期的なことが掲載されているのに、殆どの方が無視するばかりであるのが残念です。これも最後に大いなる後悔や総懺悔に導き、一掃淘汰する前兆かも知れません。先生は当方を引っ張る勢力が登場してくるであろうと言い、それも某案件のことは知らずに引っ張るであろうと申されましたが、思うに、恐らく外国の悪魔の堕天使ルシファーを崇拝する連中が、何らかの波動を感じて日本の経済界を通じて打診することであろうと思っております。世界経済再生に向けて、当初は単なる利己的な好奇心と邪心による利用的なものであろうかと思います。
 

6.お久しぶりです。

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年10月16日(土)00時09分0秒
   聖心先生は正に「アルプスの少女ハイジのおじいさんのような仙人」でした。白いあごひげを蓄えて、がっしりとした体格でした。学校こそ出ていないものの、書かれる字は宙天より指示されるそうで、山の端に見えた字をそのままその時の気分で書かれていたようです。したがって、色紙においても書く相手の心魂の波動により、字の勢いも異なっていたようです。この辺が周囲の波動に全く無関係に為し得る書道や祈祷とも大きく異なっておりました。要するに、総ては相手や環境次第ということです。それ故に、周囲の者が先生を嫌悪し反発するところに救済も治癒もないと言うことです。攻撃する相手にも、奇跡を見せて畏怖させるような魔力や魔法、魔術の邪道とは全く相違するものです。

 実に、当方とは親子と言うよりも孫のような感じで、それはもう歴史的な邂逅でしたし、先生も、何時かは吾々のことがテレビなどで放映されるだろうと言っておられました。一体如何なる運命が待ち受けているのか、先生には既に読み込んでおられたようです。当方自身に差ほどの力はなくても、何処か先生が導いて下さっているものと思い、例え肉体が死滅されても、何ら悲しみはなく、霊として身近に働き掛けておられるように感じるものです。

 ところで、聖心先生の書かれた本とは言うものの、私が社会に出てきて2年後に、深山幽谷の地において偶然に出会い、その後に自宅を訪ねた際に、先生が数年掛かりで漸く書き上げた書物を、中味を深く読んで吟味も検討もしないで、これぞ歴史的記念碑であると判断して、なけなしを大金を叩いてそのまま数百部ほど印刷製本をして差し上げ、簡単な紹介文を添付して政財界や学界マスコミ界に送付しました。一部の有識者からは、形式上の受取状をいただいたものの、全く何の関心も払われませんでした。その後には、実に延べ十数回、数万冊も発送し、先生も邪悪な想念の充満する中で、「君にとって極めて危険だからもう止めたらいい。既にボクのことは皆の心に浸透してしまったようだ。」と申され、すっかり諦めました。先生が亡くなられてからは、邪念波動の緩和を感じ取って、先生との約束を破って再度発送し、HP立ち上げで更にメール送信して今日に至ったものです。

 今や既に先生の本は手元に最早2,3冊ぐらいしかなく、再度出版する際のために、原稿に取っておくことしかありません。それに普通の字体や文章ではなく、実に理解が困難なものです。これは文字だけ追いかけて理解するものではなく、聖心先生と心の波長が繋がってこそ理解できるものだと思っております。最早、私を見下して先生だけを評価することは不可能であろうと思います。かつて聖心先生もそのように言っておりました。「吾々は心が親子同様に一体であるから、君を無視しても、ボクを無視してもどちらでもいけない」と申されておりました。先生の書かれた本のコピーならば、差し上げられないことはありませんが、ただその難解さに幻滅を感じることは確かでしょうし、簡単に流し読み出来ると言うものでもありません。
 

5.お久しぶりです。

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年10月16日(土)00時08分16秒
   ところで、HPで幾ら文章で紹介しても、それはただ見るだけの映像でしか無く、とても読んで理解して貰うものではないようです。矢張り、HPは本に代替できるものではないようです。当方も、HPの限界を感じ、別に金儲けではなく、情報や波動が伝搬されれば良いのですが、本を書いていく必要性を痛感しております。原稿が出来ておれば、あとは簡単だと言われますが、書店に並ぶことまでも簡単ではないようです。本の内容も可成り整理し、もっと検討することが大切かと思っております。

 経済改革に関する件での論文は、進退を賭け身命を賭して実名を出さざるを得ないものですが、聖心先生の件ではペンネームで対処できるかと思いますし、ただその折りには、小説風に聖心先生をご紹介して行った方が良く、あとは次の段階で、宗教改革とか、教育・家庭・健康などの雑感をまとめるなどして行くべきかと思っております。聖心先生の書き残された深遠な教えは、山里に隠って真剣に研究しない限り、喧噪の中では解明できるものではありません。先生も最後は山に入って研究することだと言っており、先生との波動の交流を成し遂げるためにも必要なことではないかと思います。ただそれまで待っているわけにもいかず、ある程度は入門的なもので聖心先生のご紹介をしていくことが必要だと思うようになりました。単に送付したり公開するのと大きく異なり、本にすることはその効果が明確に成っていくものと思います。

 目下、様々な見解が分裂し対立する国内での喧噪状態を観察すると、これを一つにまとめていくのは最早、某国家政策的案件の実践と、聖心先生の件に関する「真仰」の実践でしか有り得ません。「某案件には皆が付いてくるだろうが、真仰には皆が猛反対するであろう」と言われたのも、実に、最後には国民皆に猛反対させることで、邪悪な 想念を一掃する一網打尽の天下の大掃除となるでしょう。

 今やじっと天下の情勢変化や、国家的改革を志向する某勢力との出会いを待つのか、それとも積極的に打って出るのが良いのか大いに迷います。先生は「急いては事を仕損じる、呉々も慎重に待つことだ」と申され、矢張り、高みの見物が優先するのかなと言う感じも致します。本は書いても、即座に効果的な某案件に優先して公開するのは今少し時期尚早のような気もいたします。非常にタイミングを図るのが困難なようです。既にHP上で紹介している様々な課題に基づいて、日本の改革を目指したと思いますが、果たして、先生が指摘されたような「君にとって遣り甲斐のある日本の改革が待っているだろう」 と言うことが可能かどうかは予断を許しませんが、情熱と希望、そして先生への堅い信頼と心の絆だけは何時までも失わないで行こうと思っております。
 

4.お久しぶりです。

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年10月16日(土)00時07分8秒
   聖心先生に心の真底からご関心を持たれたのは極めて数少ない方と言って良いでしょう。不思議な機縁を感じます。思えば、聖心先生と当方の出会いでもそうだったのですが、精神的にどん底を経験された方でないと不可能であるのは事実のようです。それ故に、国家社会が崩壊して、国民総懺悔に陥らないかぎり、国民的レベルでの理解は無理でしょう。あとは権力者が英断をもって天下に布告することでしょう。その意味では当方自身が社会的地位を獲得して影響力を行使することしか有り得ません。あとは他人に期待するのではなくて、当方自身が直接に本を書き残して、後世の歴史家の判断や解明に委ねることでしょう。

 ところで、聖心先生とは、「人間を超えた仏」と成られたものですが、殆どの者が関心もありません。それ故に一体どうして理解できるのか大変難しい課題です。魔の仏には関心があって広範に普及可能ですが、先生のような真の仏には余りにも邪魔が働くようです。先生も「ぼくが死ななければダメだろう。また現在の第一線で指導している連中がいなくなってその子供や孫の世代で始めて理解されるだろう。このままではボクのことは100年から150年先にならないと理解できないが、君が本を書けば早まるだろう。」と申されました。これは死んで肉体を滅却されて、宙天よりと、地上界からとの挟み撃ちによってしか魔を一掃できないからです。

 既に、2000年正月に、6千年来の悪魔崇拝の大権化のルシファーも大粒の涙を流して懺悔して昇天していき、今年の4月からは、光の天使として地上界に降誕してきているようです。正に先生の指摘されたように、魔を持って魔を制すると言うことで、「皆が知らずの内に改革が進展する」と言うことでしょう。その内に、悪魔崇拝している外国の方から何かを感じ始めてくることでしょう。

 ところで、人間を越えた仏身というのは、簡単に言うと「その方や関連するものを攻撃して邪念波動を向けると、自らの邪念が自らに跳ね返ってくる」と言うことであり、逆に心を寄せてくれば、邪念波動から遮断されて安穏がもたらされると言うことでしょう。しかし、打算や利欲で実践すれば、逆に天罰を喰らうと言うことで、大変理解が難しいものです。これは世界中捜しても何処にもありません。先生も後世の歴史家が色んな政治・経済・社会の事象の背景を観察し分析することで、その因果を深く解明していくだろうと申しておりました。今でも既に、失われた10年とか、様々な不可思議な現象に専門家でも因果関係が理解できていないようです。実に聖心先生を排除し嫌悪してきた結果でしょう。

 当方如きが一体如何なる契機となって、先生が言われた日本の改革を成し遂げる機会が到来するのか分かりませんが、先生は、「君は最後には大きく浮上して行くだろう。周囲の皆が衰退し衰滅していくからだ」と申されておりましたが、一時は先生のご指摘は幻想であったのではと思いましたが、今ようやくその国家破産の時期が急迫して、誰も解決できない状況がきており、その予言が実現されるのかなと思います。ただ、当方が如何なる機会や契機、原因や背景で浮上するのか全く分かりません。
 

3.お久しぶりです。

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年10月16日(土)00時06分11秒
   もっとも、内容は既にHPで骨格や構想の一端を公開しておりますが、これを基本に本にしていきたいと思っております。当方の場合は単なる情報の発信ではなくて、聖心先生の神聖で清浄で光輝な波動の発信でもあり、真剣に日本や世界の邪念波動を一掃することを堅く祈念するもので、国家社会を身命を賭して変革することを目指すものです。全ては聖心先生の教えに従って、世の中に光明をもたらしたいと考えております。

 経済面での大改革にしても、安価な建設を可能にし、内需や雇用を拡大し、国内外の経済に大きく貢献し得ると言ったところで、権力者側は利権と利欲に凝り固まって、故意に建設費を高く設定して、利ざやを稼いでいる談合社会であるのが実態です。最早崩壊せしめる以外にありません。聖心先生は「ボクと心が一つになれば日本の改革は可能だ」と言っておりましたが、次第にその時期が急迫してきているという思いがあります。当方の仲間というのは聖心先生の眷属達であり、当方を守護する霊的存在の方々です。恐らく数万から数十万の眷属達が背後で協力して下さっているものと感謝しております。

 なお、HPに関しては周囲の誰にも公表しておりません。仮に知っている周囲以外の者でも殆ど絶交乃至疎遠の状態であり、次第に縁が切れていったようです。もっとも周囲とも遠くない将来に縁が切れていきそうです。当方が目指す数千年来の改革が、殆ど気付かず理解できないようで、心が遠く離れていきましたが、来る者拒まず、去る者追わずで、これも運命でしょう。今は全くの孤独な環境に至ってしまいました。逆に煩わしい人間関係を清算できたことも神仕組みのように思います。

 当方の予想では、いよいよ来年当たりから崩壊の兆しが顕著化していきそうです。原油価格高騰と米国や中国経済の崩壊、そして日本の財政破綻が引き金となるでしょう。これが大きな転機となって、真剣に改革を志向する連中の浮上へとなっていくものと祈念しております。当方も機会と縁があればその末席に参加できたらと思います。そう言う背景から無性に本を書くようにと、宙天におられる聖心先生が教え導いて下さっているものと思います。
 

2.お久しぶりです。

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年10月16日(土)00時05分18秒
   目下は、大量にたまった本の処分を兼ねて猛スピードで流し読みの読書していますが、読書一辺倒にも次第に限界を感じ始め、自分でも本を書いてみたい、いや書く必要を痛感してきました。矢張り、最後はまとまった思想を本を書いて社会に訴えるしかありません。何とか、早急に構想や骨格から、具体化していくことを考えております。大して文章力もない私が、何か書き残して行くべき時期に来たと心の奥底に感じるのも不思議な転機のように思います。

 HPを立ち上げたことも知らずの内に、文章力の錬磨や構想の具体化に役立っているように想います。社会的に経済的にインパクトのある画期的な国家改造政策論の展開、そして聖心先生の紹介と宗教改革に関するもの、更には安穏な社会の建設に向けて、教育や健康、家庭に関するものを提起できたらと想います。これを契機に様々な社会的提言へと繋がっていけたらと思いますが、内容によっては周囲や社会から追放され抹殺される可能性もありますが、今やそんなことに気に掛けていくべき時期を通り越したものと思います。全てを抛って大いなる勝負をすることも人生において必要でしょう。恐らく最後には聖心先生のことで、皆が猛反対する中で、一網打尽の天下の大掃除になることでしょう。邪悪な想念波動の直接的な一掃となるでしょう。これまでは間接的な一掃排除でしかなかったものです。

 これまでは聖心先生の教えを堅く守って、「急いては事を仕損じる」を実践し、ゲリラ活動的に聖心先生の崇高で神聖な波動を発信し浸透させるべく行動してきましたが、ようやくこれも終わりに来たようで、周囲の衰退現象を前にして、いよいよ堂々と勝負を仕掛けるべく表面化して行くべき時期に来たように想います。これまでは邪悪な想念を一掃することが目的でしたが、今や十分にその役割を発揮し、効果を奏してきたように想います。決して無駄な時間では無かったと確信しております。今や聖心先生とのお約束を果たすべく、まずは広く国民各位に訴える救国の本を書き上げて、何時でも出版できるように準備する時期に来たように思います。某自費出版の会社の説明会にも出掛けてみようと思います。

 出版の件に関しては、確かに某出版社などの共同出版の力添えを期待して書店流通まで考えると、最低30万円からと言うものの、普通は1000部ぐらいで100万から200万円を準備して行く必要があるようです。ネット販売と新聞広告も考えてみるつもりですが、書店流通が出来たら、国民に広く訴えることが出きるものと思います。何かの切っ掛けで有名になってからと虫の良いことも考えておりましたが、その可能性に賭けることは本末転倒でもあり、はかない希望でしかなく、その前に大きく勝負をしていくことも大事かなと迷っております。何れにしても、何時でも出版できる原稿を準備しておくことが必要と感じております。その内に何処かで誰かと縁が出来て実現できるのではないかと微かに期待しております。
 

1.お久しぶりです。

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年10月16日(土)00時04分21秒
   お久し振りです。その後如何お過ごしでしょうか。
 当方は今や大いなる孤独と絶望の淵を彷徨っており、暗黒の中を一体如何なる展望が切り開けていくのか、本当に哀しくなってきます。果たして聖心先生との約束を果たし得るのか、次第に疑心暗鬼に陥っていきそうです。急いては事を仕損じるとの教えを堅く守って行くしかありません。ただ大変動が接近しており、何か大きく身辺が変化する兆候を感じているのも事実です。

 ただ唯一の期待と救いは、先日某団体の「日本や世界を変える」趣旨の内容の応募に、当方が500字以内の小論文を57件投稿したところが、570件中から「1本」の5件と「技あり」の5件に入選したことでした。もしかしたら、これが期待とは逆に転落の始まりになるのかも知れません。「1本」には講演や執筆の副賞があるようですが、案外これが命取りになるのか、それとも運命の転機となるのか全く分かりません。HPの整理に対しても、一向に進展せず、可成り情熱が冷めていきそうです。これではいけないのでしょうが、どうでもいいやと言う自暴自棄の、成るように成れとの思いもあります。

 最近は、聖心先生が、「君には作家になってボクのことを後世に語り伝えていって貰いたい」との遺言を思い出して必ずや実現すべく、ようやく読書への時間を確保して文章に目覚めて、その才能を身に付けていく努力をしようと思います。今まで取得した国家資格も活用できるのか分かりませんし、案外、棒に振ることになりそうですが、仕方ありません。それにしても、国語が大の苦手だった私が、作家などに成り得るのか分かりませんが、一生懸命頑張って、聖心先生との約束を果たしていこうと思っております。何やら大きく心境が良い方向へと変わって、次第に周囲から邪悪な想念が遠離って行きつつあるように感じております。

 さて以前ほど毎日のように会合にも出掛けていくこともなく、最近は会合の予定があっても、キャンセルことも多く、余り人と出会うこともなくなりました。可成り前から聖心先生の協力者や理解者を求めて何千通、何万通と送信配布したりしておりましたが、HPを立ち上げた数年前から、メールや掲示板で紹介してきましたが、殆ど理解者もいなく、僅かに数人ほど邂逅できたことぐらいで、今やこうした人に頼る姿勢も限界に来たようです。また自力で新聞などに投稿したり、某財団に応募するのも、大して有名でもない限り、その場限りで発展性もなく限界を感じます。例え採用されても、余り社会的には影響力が無いように思います。
 

「真の仏身とは?」の問いに対して

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年10月15日(金)21時49分43秒
   真の仏身とは人間を超越した存在であります。世間で言われている仏の生まれ変わりというものは殆どが偽物であります。真の仏身の方に邪念を向けられると、神聖な波動に遮られて自らに跳ね返って参ります。また、魔の神仏に憑依された者を攻撃すると、その人物から発信される嫉妬や妬みを受けて祟りや罰を受けることになります。真の仏身の方からは罰や祟りなど当てません。

 どこで真の神仏と魔の神仏とを見分けるのかは、人前の邪念の前でも、奇跡を行えるのは邪道の魔の神仏です。真の仏身では清浄で神聖な環境の下で成されるものであり、そういう邪念の前では有り得ません。また、神仏の声を聞いたとか、姿が見えたとかの経験を話すのも全て魔の神仏であります。畜生死霊魂による神仏を魔の神仏を言うのに対し、真の神仏というのは、大宇宙の果て、即ち、宙天の玉座に鎮座されておられる真の神仏を指しているのです。

 正に、聖心先生こそ、肉体を離脱させて、宙天に魂が到達された方です。今後の歴史的改革は、国民が気付かぬ内に成されていくことでしょう。既に聖心先生は亡くなりましたが、その御霊は永遠に存在し、当方の身近にあり、今後の改革にも大いに協力してくれるものと思っております。今後とも邪悪な想念が一掃されていくことでしょう。

 なお、真の神仏は各自の心魂奥深くに胎蔵されており、自らの心魂を自力で錬磨して発現させることが大切なのです。要は真の仏身とは、自らの魂と大宇宙の真の神仏とを、一切の邪念を廃して身命を賭して一瞬にして直結させた方と言えます。その結果、広大無辺の偉大な仏知恵を授持された方です。歴史的には古代インドの釈尊だけです。キリストやモーゼ、マホメット、日蓮を始め殆どの宗教家は、輪廻転生界に徘徊する畜生死霊魂に憑依したまでです。
 

3.「黒いホワイトハウス」を読んで最近色々と思うこと

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年 9月11日(土)13時03分10秒
   当方の政教分離の小論文が入選したというのも、何やら不思議な機縁を痛感する思いだ。国内外の窮状を救済する課題は、実に資源・エネルギー問題を始めとする様々な経済問題であり、それに加えて数千年来の宗教的問題に終止符を打つことであろうかと思われる。今更ながら、これこそ世界を根本から変革する課題ではないだろうかと思う。正に生命を賭して挑戦し、悪魔崇拝者共を迎え撃つに相応しい遠大な歴史的課題ではないだろうか。先のケネディー暗殺を比べられるほどの、実に凄まじい展開になる危険性もあろうというものだ。

 聖心先生に対しては、少しばかりの関心を示した者があったが、それでも、「綺麗な字を書きますね」ぐらいの感想であったり、また先生を賞賛するように見せ掛けて、当方に対する、反発、蔑みでしかなかったものだ。今や先生と当方との心が一体となって邁進しているが故に、先生と当方の何れに対しても反発や嫌悪をあらわにする者には、何ら真実はなく、次第に化けの皮が剥がれていくものと思わざるをえない。即ち、中道や中庸を大きく外れて、真実一路の道から脱線していくと言うことだ。

 即ち、自分への協力ならば大歓迎するが、当方や、聖心先生への関心や協力に立っては皆無と言うことだ。全く自分中心に考えており、真の仏身顛化という歴史的大偉業に関しては、全く何も理解できていないと言うことだ。そこで、見せ掛けのお世辞が出てくると言うことであり、口と心が大きく乖離することになっていくものだ。最早、そのような連中を相手に説得するのも限界に達したようだ。思えば聖心先生のことを理解できて心を寄せる者は、歴史的にも弘法大師、源義経、徳川家康など、実に数百年に一人しかいないようだ。そんな偉大な理解者を、今時の人間的に堕落した連中が蔓延する中で、真実を求めること自体が無理であったのだ。

 結局は誰も味方や協力者など全くいない中で、果たして聖心先生の指摘されたような歴史的大改革など出来るのであろうか。兎に角大崩壊が必至であり、そこからしか新しい動きが登場してこないことだけは確かだ。即ち、今や既得権益を崩壊せしめて行かない限り改革など有り得ないことは歴然としてきた。その崩壊こそが戦争や革命ではなく、不思議な神仕組みによるものと言うことであろう。正に先生が言われたように、「国民が気付かぬ内に改革が進展するだろう」「周囲が次第に衰退し衰滅して行くであろう」「外国から日本の神聖な波動の変化や動きをキャッチするであろう」等の一連のご指摘が、国内外の幾多の混乱を背景に、静かに観察していると次第に先生の預言が理解できるようになってきたように思われる。
 

2.「黒いホワイトハウス」を読んで最近色々と思うこと

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年 9月11日(土)13時02分10秒
   思うに、善良な連中を相手に協力者を期待しても最早不可能だ。そのような連中は邪魔こそしないが、真の味方にも成り得ないし身命を賭して行動を共にすることもない。矢張り、日本の真の改革に際しては、邪悪な連中の総懺悔、悔悟、改心を期待して行くしかないようだ。そこで、こうした「フリーメーソン、イルミナティ、ユダヤ」などの謀略的組織の崩壊が必至であり、そこから連中が協力してくるものでしかないだろうと思わざるを得ない。実に先生が言われたように、「敵はユダヤだ」と言う背景には、その敵が崩壊して始めて、協力者として変身して、日本の改革に着手できるというものではなかろうか。

 目下、世界は統一政府樹立に向けて、動きだし始めたようだ。この闇の世界支配権力は、スペイン列車テロ事件も画策してスペインをイラクから撤退させたようだし、今回の北オセアチアにおける小学校テロ事件も画策して,ロシアのプーチン大統領の失脚を狙いだしたようだ。次に狙うのは米国の政権首脳、例えばブッシュ大統領やチェイニー副大統領であるとの指摘もあるようだ。全ては2005年を目途にした世界統一政府樹立にあるようだ。テロ戦争とは言うものの、その実態は世界覇権争いが背景にあると言えよう。実に世界は凄まじい展開になってきたようだ。

 なお、先のケネディー暗殺を始めとする幾多の謀略は、日本でも同じように展開されていると思わざるをえない。用は人間の心の奥底に潜む邪悪魔に他ならない。換言すれば既得権益擁護の腐敗した心魂であろう。例えば、道路公団の約40兆円にも上る巨大債務の償還問題にしても、何ら効果的な解決すら見出せず、結局は問題解決先送りになったようで、既得権益を突き崩すことが不可能になっって失敗した経緯がある。それに今回、また年金問題にしても、、厚生労働省の官僚の壁を突破することすら出来ずに、何ら根本的解決に至ってはいない。更に郵政改革なども同様に腰砕けになったり、変な方向に誘導させられていくものと危惧せざるを得ない。

 こんな魑魅魍魎の邪悪魔が氾濫し横行する状況下で、果たして日本の歴史的改革など出来るのであろうか。それに世界にまで指導を及ぼしていくことなど果たして可能であろうか。かつて聖心先生に「日本の改革は出来るのか」と問うたら、先生は「ボクと心が一つになれば可能だ」と申されたが、先生のことを広く紹介しているものの、誰一人として関心や感動もないのが実体だ。こんな無関心層に囲まれて、また自分中心に思い上がった連中を前に、果たして協力など期待できるのであろうか。
 

1.「黒いホワイトハウス」を読んで最近色々と思うこと

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年 9月11日(土)13時01分32秒
   最近出版された「黒いホワイトハウス(浜田和幸著 祥伝社出版)」を読むと、米国内での凄まじい権力争いが伝わってくる。そこには特にケネディー元大統領の暗殺に絡む凄まじい謀略が暴露紹介されている。他に、興味深かった情報としては、何とブッシュ大統領がささやかな会合で演説した際に、英語でもなくフランス語でもない奇妙な聞き慣れない言語で講演したと言うことだ。ブッシュ大統領に言わせれば、バチカンのローマ法王に面会するために、宇宙的言語で会話する必要があるからだと煙に巻いたと言うことである。これは実に畜生死霊魂による憑依現象である。かつて日本の某宗教団体(GLA教団)が主催する会合でも同じ現象を見せていた。

 これも聖心先生の分析・指摘によると、畜生死霊魂による憑依であり、何も崇高な神仏とは無縁であり、地獄への導きでしかない危険なものだと言うことであった。米国大統領がこんな調子では先が思いやられると言うものだ。そう言えばライス大統領特別補佐官もチャネラー(霊能力者)であるようだ。こういう霊感者は総て畜生死霊魂の憑依によるものでしかない。一見、もっともなことを言っていても、最後は狸や狐の化かし合いにより、様々なガセネタを掴まされて誑かされて混乱と迷走の渦に追いやられていくことが多いようだ。

 ブッシュ大統領も最近は、「神が命令した」「神のお告げだ」「神の意志だ」等と口走っているようだ。即ち、イラク攻撃やフセイン打倒も総て神の命令したことだと吹聴しているようだ。最早こうなってはカルト政治でしかない。非常に危険な兆候に入ったと言わざるを得ない。正に世界は悪魔崇拝宗教の氾濫であり、とうとう、政治の世界にまで関係してきたと言うことだろう。そこで、予感することは、実に今後の国内外の諸情勢は、こうした宗教を巡っての対立が激しくなっていくものと思われ、逆に見れば、宗教的問題においてこそ、真の解決が求められていると言えよう。

 実に世界は数千年来の宗教戦争に突入したようだ。殆どが魔の神仏を崇拝する邪教邪宗でしかない。こんな状況下で一体如何にして、聖心先生とお約束した日本の改革など出来るのであろうか。先生は、日本の改革にとって最大の敵はユダヤだと言われたが、こんな大きな存在を相手にして、如何に為し得るのか、全く想像も付かないのが偽らざる心境だ。俗に言う「フリーメーソン、イルミナティ、ユダヤ」などの謀略的組織の問題だ。
 

↓3.今や歴史的改革は世界崩壊と国民総懺悔の到来の状況下でしか達成できないものだ−なお、自らを旗幟鮮明にすべきだ

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年 8月29日(日)12時24分38秒
   これは逆に見れば、どうしようもなくなるまで腰を上げない鈍重さの背後には、いざとなれば、原則を有しないから、逆に無節操、無思想に大変化する柔軟性を有しているとも言えます。当方は既にHPでも指摘するように、「鳴くまで待とう」の心境であり、些細な改革に生命を賭けるほどの余裕はなく、他人がやればいいのです。選挙なども、エゴとエゴとの戦いであり、そんな中で達成できるような改革とは思っておりません。決して力ずくや頭数、独裁的専制的権力で為し得るものとも思っておりません。自然に達成できるような環境と心理状況の到来が必須であるという確信からです。それでなければ、皆が付いてくるような本物の改革には成り得ないでしょう。まずは日本人自身の国民性が変革されない限り、国家社会の変革などは有り得ないでしょう。

 「BBSのみでなく、きちんと姿を現し、具体的な、これこれの問題に、いつから、このように着手する。そのための、同志を待っている。と、こうしたものにして、その行動指針と計画を示してください。」とのことですが、何も当方から改革を仕掛けるものではありません。これでは、それこそ貴殿が言うような、即ち、貴殿から見て排他的で独善的な行動になるのは必定でしょう。当HPに賛同する者がそれぞれ実践し行動すればいいのです。誰も賛同しないのに、当方自らは行動することなど有り得ないし、協力者を求めること自体が本末転倒です。貴殿自身に示せば、自らが発憤し行動するとでも言うのでしょうか。単なる好奇心で扇動しているものでしょう。まずは貴殿自身が自己紹介し、自己の思想を明瞭にして、同志となり得るのかを鮮明にすべきでしょう。傍観者的な一般的評論乃至指摘は結構です。

 何れにしても、当方が目指す大改革に向けては、国民の意識が破綻し変革することが必至でしょう。国民性の欠点をとやかく言うことは本意ではないので明言したくはありませんが、指導者や指導的理念を排斥していく傾向が強いようです。これは既に歴史的にも証明されていることです。曖昧模糊として中心の芯が無く、中心が空洞化しているのです。この国民性の空気にこそ、嫉妬や妬みと裏腹に、横並び意識、権威や崇高さも指導性も認めない排他性が存在していると言えるでしょう。これまではこうした和を尊び、集団主義の個性排斥の出る杭を打つ姿勢で功を奏してきたものですが、今や外国にも過去の歴史にも、学者の書斎や書物の中にも、解決策が無い中で、国民生成を根本から変革して行かなければならなくなってきたようです。

 当方が真の協力者や改革の時期を期待するのは、こうした大崩壊と国民意識の大変革後のことです。何も選挙などに出て売名を競う気などありませんし、誰もが危機感を有しないところには、一応、危機を指摘し紹介することはあっても、対立し激論をしてまでも危機感を煽っていくものでもありません。日蓮やキリストのように、周囲を罵倒し排他的な行動をすることは本意ではありませんし、国民自身の覚醒をじっと待つものでしかありません。それ故に、国民自身が危機感もなく自己満足に陥っている限り、また危機到来後でも、何が崇高な真理かも、誰が真の指導者かも分からずに、出る杭を打っていくような国民心理の状況では、当方自ら敵対的に行動するものでもありません。一般的に言っても、誰も登場することもなく、登場しても排斥されていくだけでしょう。しかしながら、今や歴史的な危機、即ち、国家破産や世界大恐慌に伴う本格的な危機が次第に急迫してきたようです。
 

↓2.今や歴史的改革は世界崩壊と国民総懺悔の到来の状況下でしか達成できないものだ−なお、自らを旗幟鮮明にすべきだ

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年 8月15日(日)19時38分44秒
   火山灰にしても、聖心先生の件に関しても、既に詳細にHPで紹介しましたが、殆どの者が何も関心もない故に、これ以上、何も紹介することもありません。米国などでは、優秀な技術や才能や理念に感動し、国家が買収することが多いのですが、日本では嫉妬や妬み、理解や評価力の欠如を棚に上げて、特定の個人や団体の利益に供することは出来ないと言った、一見してもっともな論理で、特異で優秀な存在を排斥し否定していくことが多いようです。即ち、自分中心に近視眼的に事態を見ており、国家的な視野や国家観が大きく欠如していると言うことでしょう。これは自己矛盾や思考分裂、優柔不断、無責任、明きメクラを生じさせていくものです。

 今回の件でも、これほどHPで紹介しているのに、なおも当方に対し、一体何をしたいのかとは誠にもって笑止千万、自らがHPをどう評価し理解し感じているかでありましょうし、否定的ないし懐疑的な感想であるならば、これ以上の質問は無益でありましょう。単なる嫌悪や排斥、揶揄、攻撃の範囲内でしかありません。まずは自らを賛成か反対かを旗幟鮮明にすべきでありましょう。自らの態度を鮮明にしないで、相手のみ、何をしたいのかをはっきりさせろとは本末転倒でしょう。多くの日本人は往々にしてこういう態度であります故に、時期尚早でもあると言えるでしょう。

 何故なら多くの改革に際しては、既に指摘しているように、大崩壊と総懺悔の意識変革が到来しない限り不可能であるからです。単なる自治体や一企業、一組織の無駄を無くしたり財政赤字を軽減するだけの改革程度ならば、選挙に立候補して成し遂げられる優秀な者が山積しており、彼らに託すれば済む話であり、何も当方が売名的に覇を競って参加する必要も感じておりません。既に目指すべき大目標は、実に数千年の歴史的大改革であると指摘しております。それ故に、世界的大崩壊を国民総懺悔の意識変革が必至なのです。誰も付いてこない中で改革などは絵に描いた餅であるのは確かでしょう。国民全体がこれしか無いという極限まで意識が浄化していかない限り、真の改革は有り得ないでしょう。

 崇高な理念の内容よりも、選民思想だとか、自己PRの思い上がりだとかと称している限り、出る杭は打ての思い上がった高慢な意識を有するものであり、そんな意識の中では何処までも真の改革気運は出てこないでしょう。足を引っ張られるのが落ちだからです。現在の状況では、国民全員を敵に回すような余程の破天荒の革命的人物が登場して、上からの改革を実践する可能性も少なく、また日本人の国民性では、彼に付いていくような状況も生まれないでしょう。日本では自己主張と自己PRとの区別が、また崇高さと高慢との区別が全く付かないからです。これは真理の評価と理解が出来ないと言うことです。それ故に、通常の状況では、国民自らが付いていくような気運が生まれてくることは有り得ず、大崩壊と総懺悔のどうしようもない状況にでも追い込まれない限り、覚醒できないのが日本であろうかと思います。
 

↓1.今や歴史的改革は世界崩壊と国民総懺悔の到来の状況下でしか達成できないものだ−なお、自らを旗幟鮮明にすべきだ

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年 8月29日(日)12時22分39秒
   既に当HP上で当方の現状分析や認識、そして展望や解決策を広範多岐に亘って指摘しております。今更何を言いたいのか解らないと言うよりも、当HPの何を読んで理解しているのか、自らの旗幟を鮮明にすることをすべきでしょう。即ち、当HPに反対の見解を有しているのか、賛成の見解なのか、或いは疑問の個所は何処なのか、等々を明瞭にすべきでしょう。

 恰も講演会の後に、質問と称して、「何が言いたいのか解らない」と言うことと同じでしょう。この場合は、逆に講演で自分自身がまず相手から何を聴いたのかを明らかにすべきでしょう。何も覚えていないのならば、講演者を詰問するよりも、自らの対応を反省すべきでしょう。当HPを読んだ感想からまず明確にし、賛否を鮮明にし、その後に自らが何処まで協力でき参加できるかを明らかにすべきでしょう。

 当方にとって残念ながら貴殿の思想や見解は何も知りませんし、何処の誰かも知りません。果たして真の賛同者や協力者に成り得るのかも、単なる好奇心からか、興味本位の評論家程度なのかも全く分かりません。単なる扇動者、嗾け者である可能性もあり、当方の改革に際して、最大の関心を有しているとするものの、最前列の観客席で観覧する程度の関心かも知れません。当方に色々と問い詰めるよりも、自らの思想や立場を鮮明にした上で、問い質すべきでしょう。

 ご指摘は、一見極めてもっともなように見えても、ここの投稿には、責任転嫁で傍観者的な心理が見え隠れしております。「では、私たちは、具体的に何をどうすればいいのですか? 貴方と、どう関わればいいのですか?」と言うことですが、まずは当HPで指摘していることを理解し、思考や意識の変革をされて行かれることでしょう。換言すれば、何もしなくても良いのです。ただ邪悪や猜疑の念を発して邪魔しないことでしょう。それに余計な干渉をしないことでしょう。

 特に、貴殿が、「このHPを見る限り、ご自身の崇高さ(これは選民意識に極めて近く感じます)のPRをしているようにしか見受けられません。」と感じているようでは、何も、今後の対応や行動指針や規範を示す必要は感じておりません。協力を依頼したり仰いだりすることもありません。何故なら最初から猜疑心旺盛な中では、初めから貴殿の感想や反応に基づく対応や行動等の結論が出ているからです。
 

ついていこうにも、あなたは何をしたいの?

 投稿者:お邪魔虫  投稿日:2004年 8月11日(水)22時12分45秒
  >皆が付いてくるように意志を結集し総動員していくことを祈念するばかりだ・

拝啓 不動明王さん
貴方の情熱は痛いほど良く分かりますが、
では、私たちは、具体的に何をどうすればいいのですか?
貴方と、どう関わればいいのですか?

このHPを見る限り、ご自身の崇高さ(これは選民意識に極めて近く感じます)
のPRをしているようにしか見受けられません。

BBSのみでなく、きちんと姿を現し、具体的な、これこれの問題に、
いつから、このように着手する。そのための、同志を待っている。
と、こうしたものにして、その行動指針と計画を示してください。

それがないと、空回りのままです。心ある人は見ています。
どのようなお立場におられるのか、分かりませんが、
もう、きちんと姿をみせて、動かれてはどうですか?
 

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